みちくさばかりの石フェチ王の道逆行迷走記

ハプスブルク旅行記

萌愛さんの旅行記

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旅行記タイトル:みちくさばかりの石フェチ王の道逆行迷走記

旅行期間:2006/07/05〜2006/07/05

旅行記の内容:しかし、まだ「プラハ」観光したった気分じゃないプラハ2日目、同行者とは、目的がかなり違うようなので、この日は別行動することとなった♪で、石フェチ萌愛は、どうしても「王の道」ってのを行って、カレル橋も渡って…と色々やりたい事があるのだ!午後5時半にヴェルトゥルジュニーの国立美術館で待ち合わせと決めてた。

この日、石フェチは萌えに萌え(って何に萌えたか疑問だが)オタッキー的コレクター魂を全開させ、日頃のトロさは何?っくらいの観光を成し遂げるのである…といっても、失敗だらけっすがね…

写真:しかし、まだ「プラハ」観光したった気分じゃないプラハ2日目、同行者とは、目的がかなり違うようなので、この日は別行動することとなった♪で、石フェチ萌愛は、どうしても「王の道」ってのを行って、カレル橋も渡って…と色々やりたい事があるのだ!午後5時半にヴェルトゥルジュニーの国立美術館で待ち合わせと決めてた。

この日、石フェチは萌えに萌え(って何に萌えたか疑問だが)オタッキー的コレクター魂を全開させ、日頃のトロさは何?っくらいの観光を成し遂げるのである…といっても、失敗だらけっすがね…

マラー・ストラナ広場のプラハ音楽アカデミー

2500mからなる「王の道」は、歴代の王様が戴冠パレードを行ったルートで、火薬塔から始まってツェルトナー通りを通って旧市街広場に行き、カレル通りからカレル橋を渡ってマラー・ストラナ方面に入り、ここの広場からプラハ城へと到着するって道なんだが…
プラハ城は昨日「しこたま」見学したし…これと同じ道順ってのは石フェチ萌愛の性分には合わないなあ!ってので、逆を辿って「コレクター魂」もある程度満たしながら?と考えやってきました♪

バックに見えるのはプラハ城。

この広場、かっては市場も栄えたマラー・ストラナ地区の中心地とか…
「いざ、いかん!王の道の逆行」♪と心弾ませる石フェチ萌愛でありました。

聖ミクラーシュ教会(西岸)

マラー・ストラナ広場のど真中にありプラハで最も美しい教会?らしい…見学せいでかあ!と60コルナ払う。
「しかし、教会がお金撮るの?」なんて不満もあったが日本だって、神社やお寺で拝観料を取るでしょ…と自分を納得させることにした。


お金を払ったら、パンフ(チェコ語と英語)とペロペロではあるが、セピア色?のポストカードをくれた♪

説明書は、その場で理解できようもなく、帰国してから…なんていって…未だにマトモに読んでない!どうやら、教会の成り立ちの説明の他、内部のモロモロの説明のようであった…っていい加減だなあ!!相変わらず!って声が聞こえて?くるような気もしたが…まあ、入ろう♪

入ると、いきなり「どっひやあ?、ひえぇ?」天井壁も華やか?ってのを通り越した?聞きしに勝る「ド・派手さ」である!!

写真の祭壇は、赤っぽいが「金色」で無数の彫刻で飾られいてる。
この教会は写真OKなんでエセ・クリスチャンと化したオタク萌愛は感激のあまり写真撮りまくり状態!!

えっ?誰が作ったかですか?
はい、ちゃんと調べてありますよ♪
ディーツェンさんてのが、息子と娘婿と建築一家三代で作られ、完成したのが1756年です。
ボヘミア・パロックの代表作でありまする。

1787年に、モーッアルトも演奏した教会のバイプオルガン

ここでは、モーツアルトの死去3日後に追悼ミサが行われたことで有名っす。

モーツアルトさんウィーンでは散々な扱われ方して、亡くなってもシュテファン寺院の外でしかお葬式してもらえなかったのに…

いっそ、プラハに移住していたら、あの強烈なキャラでもおおらかな国民に結構重宝されて、貧困で亡くなることもなければ?(ってホントカ)亡くなってもさぞかし盛大なお葬式してもらえただろうに…って、今をトキメク音楽家がウィーンを捨てる訳がないわなあ…などと…考え込む石フェチでありまする。


って、プラハの教会がみんなこんなに豪華なら「プラハ教会シリーズ」ってのを作ろう♪

CESKA GALERIEって名前の建物でミクラーシュ教会の真前にあります♪

中を見てみたいぃ?!!と思いつつ嵌ったらヤバイのでトイレを10コルナで借りて…内部見物はせず(残念)

しかし、聖ミクラーシュ教会の前は、欧州の修学旅行生とおぼしきグループが、朝も早くから、結構いるのである。
一組は明らかにイタリア女学生達であった。
ドレスデンからの列車もプラハの修学旅行だったけど…多いみたいだなあ!ヨーロッパの学生の多くがチェコへ修学旅行に来ているのは…何故だ?って、陸続きなんだし…別に疑問に思うほどの事でもないよなあ!って自問自答するのであった。

ネルドヴァ通り

国旗のかかっているイタリア大使館は、ネルドヴァ通り20番でっす。


この通り入り口が人柱などの立派な彫刻で飾られた豪華な建物が多い♪緩やかな坂の両側に16世紀から18世紀に建てられたルネッサンスやバロック様式の建物(モチロン石っす♪)が、ぎっちり並んでいるのだが、オタク萌愛の狙いはというと…

あったあ?♪「ふたつのヴァィオリン」

ネルドヴァ通り12番っていう印の家紋であります。

メドゥーサ♪ でも、番地は分りません m(__)m

まだ、住所ってものがなかった時代、こういうレリーフが家の識別に使われていたとか…うーん、数字とどっちが比べ覚えやすいんだろう??また疑問の沸くオタク萌愛でありまする。

「双頭の鷲?」の家紋

紋章の他動物とか宗教的なものもある♪ちなみに今はちゃーんと、番地を書いたプレートが貼ってありました…なんとなく残念だ…って、郵便屋さんが困るだろうと思い納得するのでありますが、本当は「ふたつの太陽」の紋章をコレクションしたいオタク萌愛なのでありまする。


てのは、作家のヤン・ネルダさんのお家の紋で、この方の名前からエルドヴァ通りになったとか…

って、写真以外にも随分コレクションしたのだが、こんなことして遊んでいると退屈しないで一日遊べるよ…マックも近いし♪この通りって…オマエぐらいだよお!!それにこの通りをそのまま行ったら王宮でしょうがあ!逆行するんじゃなかったのお?!はいぃ?♪そうでした。
とカレル橋方面へ出発!!

カレル橋のすぐ北に「ウ・トゥジ・プシュトゥロスー」って言う3羽のダチョウ館がある♪

別に宣伝ではないが、18世紀初頭にプラハで初めて誕生したカフェ♪のフレスコ画でありまする。
…あまり、古くなかった?激しく疑問の場所…

ちなみに、今はプチ・ホテル兼一階がレストランでしたよお!って、自慢したいなら、内部写真を撮るために食べていきなさいよお!!いやあ、それはご勘弁をぉ?、今日は出費の多い日なんでえ?…って苦しい言い訳っす。

カレル橋のたもとなのだが、ここまで来たら「やらいでかあ」のオタク魂。


ヴァルタヴァ川へと小川が出ているのである♪その名はチェルトフカ川…と、そのまで行くと「プラハのペニス」って看板かかげて、ボート・トリップの船が出ている!!どうやら、ヴァルタヴァ川も遊覧するらしい…「うーん、乗りたい」ってそんなにノンビリの時間も無いし断念!っていいのかあぁ?!見たいだろ橋下の石積み、「石」だよお?「石」ってそんな誘惑の声が聞こえてくるよお!!いかん、こんなところで「石フェチ」根性を出したら、今日の予定はパアになると自分を戒め、諦め切れずに見ていると…

ヒマそーである。
遊覧船は他のものの方が良いとか?小さくて揺れが激しいとか??あとで分ったがヴァルタヴァ川を遊覧する船にお客は一杯であった!!なんで、そんなに暇な訳?ってね自分が貢献しないでどうするっ!でも、予定があぁ、船酔いする軟弱者だしい?とまたも言い訳!!

チェルフト川をもう少しよく見ようとさらに水車の方角に進んでみることにする…オタクだよなあ♪って自慢かあよお!!

この水車をバックにする?のか…音楽がガンガンにやたらでかいカメラ?ビデオ?を持ったプロと思しきカメラマンや大道具さんたちもスチールなんかもってきていて、モデル?俳優さん?が組み立てたセットの中でポーズをとっている…

おおぉ、野外のCM撮影かあ?私の人生初体験である♪しかし、見物人も多くなく、黒山の人だかりでもない!!あまりメジャーな人じゃないのね…って思いつつ、大道具の間を勝手に入って、水車の写真をバチリの萌愛。


「旅の恥は掻き捨て」のつもりはないんだが…どうも、今回プラハで私のやっていることはヒンシュクであることに間違いないなあ!!って、怒られるって思ったよお!「恐るべし、お登り観光客」

その間、小さな路地の名前も知らない教会とかを見たりしながら、やっとこさで 辿りつきました…って「みちくさ」ばっかじゃんよお!!とお怒りはごもっともですが、なんせ「石フェチ」「エセ・教会マニア」「オタッキー」「コレクター」の萌愛ざんす。
お許しをぉ?m(__)m

マラー・ストラナ方面の橋塔
これから、自称(って勝手に途中放棄するんだが)オタクの萌愛がカレル橋をご案内いたします?♪

カレル橋は長さ515m幅10mのヴァルタヴァ川に掛かる最も古い橋で完成までに50年もかかっておりますう。
19世紀に入るまでは、東岸と西岸を結ぶのは唯一この橋だけだったさうで…これって、相当に不自由じゃないっすかねえ!!

アーチをぐってすぐ右にある聖ヴァーツラフさんの像

さて、聞きもしたくないオタク萌愛のウンチクを!
聖ヴァーツラフさん(もとい様)は、9世紀前半にボヘミアの中部を支配していた豪族の子孫で、10世紀前半にボヘミア全土を支配なさった君主でもありまする…なんで有名かと申しますと…生前から奇跡をよく起こされたそうで(って、どんな内容か不明なんですがね)死後「ボヘミアに危機が迫った時は、白馬に跨る王子様…もといヴァーツラフが現れて国を救う」っていう信仰が広まったらしく…
11世紀頃から聖人として崇拝され、ボヘミアの守護聖人となった方、新市街のヴァーツラフ広場の銅像もこの方でありまする♪まあ、奇跡を起こした宗教人の頂上におわします。


で、また日本でも信仰心の厚い萌愛の疑問が始まった!しかし、仏教ってのは不思議だよなあ?奇跡を数々起こした行基も空海も、聖徳太子も、はたまたお釈迦様ですら国に危機が迫ったら助けにくるって逸話はないような??それとも無知な萌愛が知らないだけ??なのお?!

その斜め前にあるのが聖ヴィートの像ざんす♪

ザクセンの聖人で、10世紀にボヘミア王が神聖ローマ皇帝から、彼の遺骨をもらって、プラハ城に安置し、そこに建てられたのが昨日の聖ヴィート大聖堂♪

書く場所がここ?ですが、さっきのヴァーツラフさんのお話と一緒に、1346年カレル一世は戴冠の際に、金にサファイア、エメラルド、ルビー、真珠などを埋め込んだ「聖ヴァーツラフの王冠」(それってどこにあるのさあ?はいっ!聖ヴィート教会の宝物殿にあるそうです)なるものを作らせ、自分は守護聖人から王冠と統治権を委託されてボヘミア王になると語ったとか…って、前のアルバムに書いとけよお!!って聖ヴィートさんのウンチクがなくて仕方なく…無知の萌愛!!

って、このお話の内容がなんとなくこの写真に合うような…って苦しいいい訳!!

でもさあ、この調子で30体の像の説明するつもりい!嫌だねぇ。
聞きたくないよお!!ごもっともでございまするわなあ?、ならばオタク萌愛のお気に入り♪だけということでご容赦をぉ?!!

カレル橋からマーネス橋とルドフィヌムが見える。


いやあぁ?絶景なり♪

初日で、通れないか?と思っていたが人通りは多いがちゃんと観光できまする♪

カレル橋のほぼ真中にある聖ヤン・ネポムツキーの像

橋には、30体の聖人像がありますが、この方の人気は、異様に高い!!「逆さに吊るされたネポムツキーに触ると幸運訪る」ってんで、事の顛末(私の前作のアルバムの中にある)が描かれた銅版はピッカピッカでございます。
萌愛もわざわざ並んでナデナデしてきましたよお!つてやっぱりミーハーねぇ。
オマエ!!だって、幸運欲しいもの♪

ちなみに投げ込まれた場所は、ここでなくもう少し市街地よりで金属製の十字架と五つの星がはめこまれた石版がありまする。


カレル橋は、最初は十字架だけしかなかったそうですが、何故かこの方の像が一番にできたそうでぇ…1683年の作品とか…

橋は、ゴシック形式だが、像はバロック様式ってのはなんでえぇ?時代が違うんだから当然でしょ!!ちくいち疑問に思うなよお!像は橋の完成の随分あと17世紀から19世紀に設置されたんだってばあ!!

カレル橋の上から今度は南、国民劇場が見える♪

「国民劇場」へわさわざ行く気がしなくなったあ…って怠慢だぞつ!!オタクのくせにいっ!

おおぉーっ、ここ♪
初日に命知らずの行為をやった場所を発見!!

スメタナ博物館である。


なんだなあ?、遊覧船にご乗船の方々は皆さんお金持ちに見えるなあ!!ってことは、とーぜんパパスさんはお金持ちに違いないっ!思わず「お裾分けをぉ?」って叫びたくなったよお!って聞こえる訳ないだろうがあ…周囲からまた変人扱いというか奇異の目でみられるぞぉ?!!

絶景なり♪

カレル橋からみたプラハ城方面

「カレル橋で絵を買いたい」ってのは、プラハに来る前からの希望だったんだが…

上手い♪綺麗♪って絵に見入っていると…おじさんが声をかけてきた。
英語だが「…(いっぱい)…100…」である。
絵画好きのオタク萌愛は、ほとんど聞いてない?というか聞こえてない状態…
しかし「100」だけには思いっきり反応した…「えええーっ、ひひゃく?」と思わず英語で口走った。
しかし、安いな、安すぎる!!って思っていたら、おじさんが「イエス!100ディスカウント」って言うので、おそるおそる「ハウ、マッチ?」って尋ねると「9600コルナ、100コルナ負けてやる」だったのである!!

相変わらず自分に都合のいいとこしか聞いてなかったのであった…しかし、ふたたび「ひえぇ?ご五万円ってか?」貧乏そうに見えないのかな??この私がああ!!それとも、この金額が相場なのか?一桁違うよ…予算があ!!って別の絵の値段も訊かずあっさり退散の絵画好きなのにぃーの貧乏萌愛でございます(恥)

もう、かなり旧市街地よりの聖キリルと聖メトディウスの像

今日7/5日は、「聖キリルと聖メトディウスの日」っていうチェコの祝日でえす。
または宗教記念日とか言うそうでぇ…って、萌愛は彼らがなにをされた方々なのか知らないんですm(__)m

しかし、南の新市街地にある彼らの教会がナチス・ドイツに抵抗したレジスタンス記念館…チェコのレジスタンス活動家を匿った教会で、外壁に砲弾の跡が無数にある…っていうんで、見学したいんですが…今日間に合うかなあ??

ちなみにオタク萌愛は、幕末の「蛤御門の変」の銃弾の跡を見るために、わざわざ京都御所まで行った人間であります…って、どういう趣味ねえぇ??


どういう理由があるのか??でありますが左手を上に挙げ右手を胸にあてているはずのフランシスコ・ザビエルの像(拝んでいるように見えるのは、アングルのせいです)

布教を行ったのが、主にインド、マレー半島、日本だったため?東洋人に担ぎ上げられておりまする♪

萌愛は小学生の頃、この人が完全な変人に思えましたよお。
だって、はるばる日本みたいな極東の極小の国にやってくるって不思議だったんすよお?!

だって、世界地図を見る限りユーラシア大陸って「やたら、デカつ!」じゃないですかあ!五大陸ってやたら大きい場所があるのに?なんでえぇ??なんて…

まあ、各国の政治・経済などの様々な状況とかその頃の統治者の思惑なんて、想像もせず…ひたすら、教科書を信じていた純粋無垢な頃(って、ホント?)の懐かしい思い出の方でござりまする♪

宗教ギャラリーから一転して、カレル橋の大道芸人さん

露店の絵のお店も、相当な数でありますが、こういう方達がいてカレル橋は、ホント退屈しません!!演奏しているのは、チェコの曲?なのか、世界で流行っているポップ?なのか不明でありますが、オタク萌愛がプラハに来てよく聴いたのは、遥か青春時代80年代に日本で流行った曲想のメロディーでありました♪

大道芸人さん達、似顔絵屋さん、手作りアクセサリーのお店、絵の露店…とカレル橋は萌愛以外の方でも結構退屈しないと思いまする♪

カケル橋には、こういう川に突き出した形の出っ張った処がありまする。
当然この写真の向もそうなんですが…実はこの突起場所…建設当時からの処刑場で、罪人がクビをはねられる前の最後の祈りを捧げるため、刑場の向かい側に最初に十字架が置かれたんだそうで・・・

皆さん、知ってか?知らいでか?一番記念写真が撮りやすいっていうんで(ってホントかあ?)聖母マリアと聖ヨハネの像の前に見入って、あるいは写真を撮っています!!

十字架を飾る金文字はヘブライ語(とーぜん、萌愛は読めませんが!)で「聖なるかな」と書かれているらしいんですが…これ、ここを嘲りながら(一説では、ツバ吐いたとか?)通った「ユダヤ人」から没収した罰金?で作ったものとか…しかし、このユダヤ人…よく生きてるよお!っていうかお金持ちだったんですねぇ。


しかし、「ユダヤ人」の悲惨な歴史の残る国ってかプラハですが、キリスト教とユダヤ教の確執の歴史って…どこらあたりまで、遡るんだろう?歴史的には??ってまたたた、無学な萌愛の疑問の始まりですが…キリスト教がかなり広まった時点で、確執って出るわなあ!!って勝手な回答を自分で出すのでありました♪

やつと渡りきりましたあ?♪これは、旧市街地側の塔橋。

って、遊びすぎだぞつ!!
(と、この時点でルンルンしすぎて塔橋に登るのを完璧忘れるおバカのオタク萌愛でありまする)

カレル橋は、カレル1世の命令で1357年に着工されたんですが、請け負ったのはヴィート教会も担当してたパレルーシュさんでぇす。
(しかし、掛け持ちって「凄く」ないかあつ!?)塔は防衛のために設置されたとか?…何からの攻撃だああ??しかも、使用目的に「裁判」があったそうな…ってどんな裁判??ねつ!!

できあがった時の名前は「石橋」とか「プラハ橋」って名前だったそうで…しかし、「石橋」ってのは、何だか味気ない名前だねえ。
あ!そうかあ、他の橋は木製だったからかあ…ってこれは相当怪しい発想!!

サン・タンジェロ橋を真似て、聖人像を後から設置したってんですが…渡った感じは「うーん、似てるわけ?」ローマのサン・タンジェロの付近でオタク萌愛は1日遊んでいるもので…

プラハの皆さん(っていうか統治者)は、よほどローマに憧れてたんだろうかあ??って、またおバカな発想をするのでありました。

旧市街地側から見た橋塔のレリーフ

多分ですが…
左:カレル1世さん
中央:聖ヴィートさん
右:ヴァーツラフ4世さん(カレル1世の子供でっす)

なんか、分ったような?分んない?ような組み合わせざんすが、この橋が完成したのがヴァーツラフ4世さんの頃なんで、こおいう「組み合わせ」もあるかあ!!などとまたまた勝手に納得するオタクなのでありまする…って、こんな写真まで撮るかあぁ!中途半端なオタクなものでm(__)m

聖フランチエスコ教会とカレル1世の像

カレル1世が神聖ローマ帝国の皇帝になったのは、小邦乱立時代の権謀策術だとか、貴族と領土拡大を狙う皇帝の利害の一致とか…色々な説があるんですが…
まあ、どの時代もそんなものでしよ!!本人の器量で決まるなんてのは無い話ですからねぇ…という期待に反して…もとい期待以上にカレル1世さん、頑張る頑張る!!

プラハを神聖ローマ帝国の首都として、このカレル橋を始め昨日のプラハ城、でもって中欧で最初の大学「カレル大学」をお創りになり、そのうえ新市街を整備した都市計画も実現(凄いっす!)経済、政治、学問とあらゆる分野で中世ヨーロッパに輝く大都市「黄金のプラハ」にしたのでありまする。

戴冠の時からの夢「プラハをローマやコンスタンティノープルに匹敵する都市にしたい」ってのは叶った訳ですある意味…

しかし、15世紀以降長い暗黒時代が…なんたってプラハはヨーロッパのほぼ真中なもので宗教や思想の対立が起こるとモロ被害を被るどころか、戦乱・弾圧の舞台になって、ウンチクが長くてm(__)mですがねその間も、こうやって観光客(オタク萌愛も含めて)が、バンバン来ている状況をカレル1世さんは、どう思いながら見ていたのでしょうねえ…
つて亡くなってるから、関係ないとか!?まあ、そんな事おっしゃらずインタビューにお答えを!!って、答える訳ないだろうがあ…銅像なんだからあ!

ナイス・ガイのお兄さんがビラを配っている・・・おやおや、ミュシャの特別展が聖フランチェスコ教会であるみたい♪入ってみると…「色っぽいぃーお兄さん」が受け付けをしているではないか!!値段も120コルナ

ええぇーい、入ったれぇ?と入ったらラッキー♪見たい絵の殆どがありました♪

えっ?はい、そうですねぇ。
ミュシャの絵でアルバムも作りたいです!って宿題多いなあぁ?!!

しかし、ポストカード一枚15コルナ、図録270コルナとちと?破格に?高い場所でしたあ!!

クレメンティヌム…のはず?

行きたいなあぁ?「鏡の礼拝堂」のコンサートとか「壮麗バロックの図書の間」とか…多分無理ねぇ…今日はというか、今回は!!ホントにもうトロイんだからあ?…って萌愛だって、滅入っているんだよお!!

ウンチクは?ここは、いいでしょ。
ウンチクも書いてていい加減嫌になってきたよお!!

ヴルタヴァ川とプラハ城

塔橋のフェンスから♪
やっぱり、ここは絶景ポイント!情報ありがとうございます m(__)m

カレル通りの名も無い?建物

さすがは「建築物の博物館」って異名のプラハでありまする。
こんな素敵な建物があちこちに…♪

まだ、建物はいいけどさあ!アンタ朝から教会といい、石畳の石が変わるたびに萌えてえぇー、足元の写真一体何枚撮ったねえぇ!!とうするんだああぁ!!

いやあぁ?「プラハの石」って題でアルバム作ろうと思ってえぇ・・・って、誰もそんなもの見たくないよお!!そうだろうけどお?好きなんだもの「石」♪

ええぇーっ、もうすぐ旧市街地広場なのにいぃ!食べるのお?あいっ。
ここは、特別なんですよ萌愛にはね…

てっきり、クネドリーキ付きと思ったらアマカッタ!グャーシュとコーラ(200ml)で140コルナでした♪

えっ?味ですか?
それが、熱くてよく解からないんですよ…なんか「辛い」って当たり前ですが…冷まして飲んだら?そうしたいのは、やまやまなれど…結構「油」が浮いていて、冷めたら食べれなくなりそうでぇ…あつっ!!名付けて「お卑しヤケド」ってかあ…

金の蛇の紋章

このレストラン(U ZLATEHO HADA)の家紋で、パンフにはなんと8カ国語で説明があった…もちろん、日本語もあり♪

ものすごく頑張って書いた?日本語の説明では、プラハで最も古いカフェ・レストランと書かれている。
文法も正しい内容っす!トイレを借りて内部も見せてもらったが、結構面白い内部でした…って写真はなし m(__)m

やっと、見つけた「マリオネット」屋さん

下の犬は、からくり?ぜんまい仕掛けで動いている♪萌愛は、こういうものにも弱いのである!!

しかし、買って帰るという訳にもいくまいなあぁ?寂しいぃ?のであった。

中に入りたいのですが…
さっきのカレル橋のショックから、立ち直れてないんです。


マリオネットの他、「琥珀」とか、「ボヘミアングラス」のお店も多々ありましたあ。

お土産に「ボヘミアングラス」の写真をと思っていたのですが、なんせ「貧乏萌愛」は店員さんに声を掛けられるのが怖くて止めました。
C奥様、ごめんなさい。
m(__)m

やっと、旧市街地広場に到着

「死をも恐れなかったチェコの英雄ヤン・フス」の像

ここでのウンチクは長くなるなあ!ルターより100年以上前に宗教改革を叫んで「火あぶり」になり、その後フス派が起こしたのがヨーロッパで最初の宗教戦争、ローマ教会と神聖ローマ帝国相手に戦って、欧州は中世から近世へと転換されていくのでありますが…フス派は最終的にカトリックに買収?される方々が…って、そこまで書いたらヤン・フスさんが気の毒になってきたよお!!

カレル1世がチェコで最も好かれている王様なら、ヤン・フスさんは、最も尊敬されている神学者だそうな…

「もおぉ?、やっぱり石フェチやってえ!!」

あい、そうなんですがあ、この石には由緒があってぇ。
「どんな理由よお?」はい、それはと申しますとお、フスさんの処刑から2世紀経って、プロテスタントの貴族達が神聖ローマ帝国のハプスブルク家と戦って…負けたんですがねぇ(ビーラー・ホラの戦い)で、反乱を起こした新教徒の方々がここで処刑されて、27個の十字架があるって訳です。
権力に立ち向かったボヘミアの歴史のひとつを物語ってるんですよお!!って、またウンチクっすが…これを境に大きくボヘミアは変わるんです。
ってどんな風にい?それ書いてると長くなるんでえ…ご勘弁を!m(__)m

で、オタク石フェチは考える「つまり、この旧市街地広場ってのは、反カトリック宗教戦争勃発の証明地点であるとともに、終焉の地でもある」などと…妙に感慨深くなるオタク石フェチ萌愛であった。


「15世紀の華麗な天文時計がプラハ市民の時を刻む」なんてえ、カッコイイ台詞を言いたい萌愛なんですがあ…この天動説に基づいた時計…何度見てもおバカオタク(って、もう辞めろよお!は?い。
そうしますう反省!!)の萌愛には、何時何分か分りませぬ…

勉強したんですがねえ!上の時計はプラネタリウムていって、地球を中心に回る天体の動きと年月日を示し、下の時計は黄道十二宮(ってミュシャの作品と同名?)の獣と四季の農耕の様子が描かれ…写真の青の部分は昼間の時間を表し、ローマ数字が24時間時計、アラビア数字が昔のボヘミア時間を表す…って頭がパンパンになるくらい詰め込んできた知識も…使いものにならないよお!!

16世紀できたっていう「からくり時計の仕掛け」を見ようと自分の時計を見たら…「どっひやあぁ?、止まっているよお!!それも2時過ぎでぇ。
今、何時だろう?ヤバイよヤバイ!遅刻もさることながら…国立美術館の絵が観れないよお」と焦る石フェチ。
遊んでないで、急ごう…って12使徒が見れなくて残念だが…仕方ない!!

おっと、この「からくり」はミクラーシュ・カダニュんっていう時計職人さんが創ったそうです…オタクが放棄できない私です。

旧市庁舎♪

中世神聖ローマ帝国の首都として栄えたプラハの中心は旧市街に面して1338年頃開設された?中心の中心っていう建物ざんす。
数世紀に渡って増改築、隣接する建物の買収を繰り替えして今のお姿になっております。
ちなみに第二次世界大戦後に行政機能が新市庁舎に移されたわけですので相当な長い間、頑張ってくれたわけです…って、今も別の機能で頑張っているぞ!!

石フェチが、これから登ろうとしている塔は1364年頃に建てられた70mの高さなんですが、中世では火の見櫓として利用されたとか…うーん、火事って多かったんですかねぇこの街…って確かに大火が多かったみたいですね…特にマラー・ストラナ地区…って全部調べた訳じゃないだろうがあ!!はい。
m(__)mでありまする。

旧市庁舎の1階はインフォメーションになっており、各種チケットも扱っている。
オタク萌愛は50コルナで展望台の券を購入、隣は今日のスメタナホールのオペラの席を指定している中国人?女学生(それが、ノースリーブのワンピースに帽子、可愛いぃ?♪いかにも育ちの良さそうなリッチそうなお嬢さんである。
まるで○年前の私を見ているよう!って、嘘つくなよお!!オマエはあんなにカワイくなかったし、当時から貧乏そう?だったじゃんかあ!!)はいぃ!懺悔しまあすうm(__)m

この時は、このお嬢さんにお世話に後でなるとは思わなかったのだが…

ちなみに、ここのトイレは3コルナと良心的?ってよく行くねえ?。
仕方ないでしょ生理現象トイレっ子萌愛の宿命ね。


展望台には、階段でも上がれるが、ここは軟弱萌愛のことどんなにエレベーターが遅くてもお、3階までは使うのが当たり前、3階からは階段を登りました♪がねえぇ?

プラハで初めての地上からの眺め♪

「し・あ・わ・せ」

見晴らしいがいぃ?♪
白い壁がまぶしいバロック様式の聖ミクラーシュ教会です。


さっき、行ったんですよ。
クローズド!なんででしょう?各ガイドブックの嘘つきいぃ?!!

この教会も色々に増改築され現在のは西岸のも手掛けたディーンツェンホーファーさんが18世紀前半に創ったとか…

石フェチ萌愛は、アントニン・ブラウンさんの彫刻??のハズのものコレクションしてきましたあ♪

うーん、ティーン教会♪

高さ80mの鋭い尖塔が旧市街地広場の顔って感じです。
百塔の街のプラハのなかでも印象的建物で、これもカレル1世の命でパーレルさん(凄過ぎるつ!掛け持ちの量!!)がド・ゴシックに創りましたあ?♪

この教会歴史は、様々で、15世紀初頭からフス派の本拠地だったが、その後のカトリックの台頭で正面が金の聖杯から聖母像に変わったとか…

中ですか?
はい、入りましたよお?♪
豪華でありましたあ…でも写真禁止でした(滅入る)

旧市街地広場

十字架がないな??、けど気持ち良いなあぁ?♪

この絶景♪と自分とのツーショットが欲しいなあ?とシャターを押してもらう相手を探す…

私は個人的に旅行特に欧州では、写真を頼むのは東洋人と決めている…って、主に中国人か韓国人なんですが、まあ人によりますがね、彼らの多くはリッチでメカにも強い!西洋人はカメラに興味のない人も多いし、ヘタに日本人なんかに頼むよりバッチリ撮って下さいます…ここ何年かでの学習ですう!と、辺りを見回すと、いた♪さっきのお嬢さんである。


快くOKしてくれた♪が、一回シャッターを押すと彼女は「ワンス・モア」と言う…ビックリ海外で初体験である。
どうやら、思ったように撮れなかったらしい…で、もう一回でOK。
代わりに撮ってくれと彼女が言うので私もパチリ!「暗いよ、どう?」って私が言うと「問題なし、ありがとう」であった。
彼女のデジカメは萌愛のより、性能が良いと思われる…しかし、綺麗なアメリカ英語であった。
中国系のアメリカ人かしらん??疑問だあ!!

そよ吹く風が気持ち良いが、ずっとこのままって訳にもいくまい…そろそろ降りよう…

旧市街地を回る?馬車

ウィーンでも見たけど、これもリッチそうである。
なんだなあ、浅草の人力車に乗るようなものなのだろうか??などと貧困発想の石フェチ萌愛でございまする。

ミニ・トレイン

言っちゃなんだが、こんな石畳の道をあれで進んだら「絶対お尻が痛くなるよお!それに、多分 建物の上の方は見えないだろうなあ?」とつぶやく石フェチ

皆、同じ事を考えるのか?乗っている、乗ろうとしている人は、あまり?というか…殆ど皆無であった。

フレスコ画が美しい館

カレル通りも旧市庁舎から火薬塔までのツェレトゥナー通りにも綺麗♪可愛い♪な建物は多い

ツェレトゥナー通りは古くから商人たちの交易ルートとして栄えたそうで…萌愛の進んでいる「王の道」の一部として歴史と由緒があるんだぞお!!ってオマエが自慢することじゃないだろうがあ?!すいません。
m(__)m

火薬塔

やりましたあ?♪
王の道完全制覇♪…なんだかさあぁ、達成感が無いんだよね!拍子抜けした気分だよおぉ!!

そりゃそうでしょうがあぁ!!「王の道」たって、逆行してえ、こんだけ「よりみち」「みちくさ」して戴冠式の王様の気分を味わおうとしたアンタが甘いんだよお!!って声が聞こえる…まあ、そりゃ、そうだわなあ。


しかし、人が殆どいない…どうやら火薬塔は閉まっているみたいだねぇ。
「火薬塔からの眺めは最高」って某ガイドブックの「嘘つきいぃー!」

時間が気になる!道行く人に尋ねると「3時半過ぎ」とのこと…余裕で、国立美術館の見学できるねえぇ♪

さて、行くかあ。
「おいおい、ウンチクはあぁ?」ってか?それがねぇ、1475年?にド・ゴシックで創られて、市街地を守っていた城壁のひとつで、17世紀に火薬庫として使われたため、この呼び名が付き、戦災にあったけど19世紀末に修復されて現在に至るってくらいしか…
「誰が創ったのさあ??」それがあぁ?知らないのですよ。
m(__)mどなたか教えてくださいませえぇ!!

「エセ・オタク!!」「とっくに、オタク辞めましたよお?♪」

市民会館

正面の半円形のモザイクはシュピラルさん作の「プラハより敬意を込めて」…って誰に敬意を払うのお??ってまたおバカな疑問の石フェチ。


壁画、ステンドガラス、浮き彫り等などの装飾一切は「完全無欠のアール・ヌーボー様式」って…表現が悪いかあ?んだば「20世紀初頭に開花したアール・ヌーボーの華」ってんでは、いかがでしょう??

1905年着工1911年完成で1918年10月28日にこの建物で「チェコ・スロバキアの独立宣言」があった…って古いよお!ビロード革命より大分前じゃんかあ!!これは失礼をm(__)m

もう一回例の「アッジェ」さんに会いたい気もしたが急ぐのである。
みちくさもいい加減にせんか!!は?い。
とトラムに乗って国立美術館に行こうとしたら工事中で駅が分らず迷ってしまい…ええぇいっ!こうなったら、やや遠周りだが、地下鉄とトラムの乗り換えでと地下鉄C線の駅へ「頑張れよお!ボロ足」と自分を励まし急ぐ急ぐ…

ヴェレトゥルジュニー国立美術館

なんと7/5日は「フィーがフリーだった♪」日本語で遊んでないで、ちゃんと説明しろよお!!は?い。
つまり「ただ」でしたあ♪しかも、午後8時までえ!!

涙ものでありまする♪1フロアだけにしておこうと思ってたんですがあぁ…先に閉まりそうなショップでポスト・カードと図録を買ってえ…

ほぼ4時間、ピカソ、ゴッホ、セザンヌでよだれを垂らしシーレとクリムト泣いてしまった絵画好きの石フェチでありました。


はい、そのうちに♪
ここの絵も含めてアルバムを作りたいです。

美術館のとおり

ここまで(旧市街のヴルタヴァ川をはさんで北岸)くると「なんたる静けさ」である!勿論、都会ですがねえ…観光客は、あまり見かけずトラムも空席ありますよお!!

「お腹減ったでしよお?」「それはねぇ、実は大食漢の萌愛は、地下鉄に乗る前に火薬塔の傍の中華のお店で焼き飯を少し…」って、嘘つくなよお!!「チャーハンの上に鳥の照り焼きのデカイのがノッテタじゃないよお!」さいざんす。
m(__)mこれだけ、日が長いと1日4食なのよお…って「食いしん坊だね、オマエ」はいぃ?。

テスコでお買い物♪

ばらまき用の板チョコ(って、これがぶ厚い!)を5個といかにも「おみあげ」っていう箱入りの大きいチョコレートが2箱にワイン1本

さらに、ビール1缶にオレンジ100%の1リットルのジュースで、しめて 198コルナなり♪安い♪感激♪

でもさあ、なんか「ケチ」くないぃ?仕方ないでしょうだっえぇ、萌愛は「貧乏人」なんだもの!ってモノは言い様だねえぇ!!

この看板を撮ろうと萌愛のズタ袋を開けると…ない!ない!無いのである、デジカメがあぁ!!ヤバイ…さっきのテスコで荷物入れる時だあ…と、
慌てて、地下鉄のエスカレーターを駆け上り走ってテスコまで戻り、さらにテスコの階段を駆け下がり…食料品売り場のカウンターへ…

無い!やっぱり無い!!ほとんど、諦めかかって見たゴミ箱に・・・ありましたああぁ♪思い出詰まったデジカメがあぁ?、さすが庶民の味方のテスコさまである。
閉店間際で皆さん急いでいたためか…萌愛のカメラがボロのせいか…

しかし、オタク趣味に救われたのかなあ。
あのままホテルに帰っていたら、時間的にも取りに戻るのは無理だった♪しかし、プラハの神様に感謝♪今日も、教会で寄付しといてよかったねえ。
ニワカのエセ・クリスチャンでも神様って毎日お救いくださるのねえぇ♪チェコっていい国だあ?

プラハの地下鉄は分りやすい♪

降りる駅さえ覚えていれば、どっちに乗るか看板で判るし乗り換え駅まで印が付いている…親切だあ!!

これで、もっと本数が多ければ言うことないのにいぃ?…って、あんだけ安く買い物してえ、なくしたデジカメも奇跡的に見つかったのにいぃー贅沢言うなよおぉ!!はいぃ?、そうでありまする♪良い街ですねぇ。
再び感激♪

今日4度目の食事

今晩は最終日、今までに買い込んだ果物や惣菜(ミニ・バーで保管)プラハ名物ポテト・チィプス、ジュース等などの他、日本から持ってきた缶詰、写真には無いがカップ・ヌードルなど、食べて処分(って胃袋にですよ♪)しなきゃいけないモノが沢山…って、萌愛だけじゃなくて2人で食べましたよお!!しかし、相変わらず「凄い量だねえぇ」

しかし、何より感動したのは…ナント「チキンラーメン」である!プラハの食事は、華のパリより萌愛に合っていたがあ、「ウマイ!」世の中にこんなに美味しいものがあったのかあぁ♪ってくらい、普段は見向きもしない?カップめんの味に感動しまくって食べたのである。
萌愛の雑食性というか根っからの庶民というか「ビンボー」かは??であるが…しかし、なんとも「カップめんというものは美味い♪」と再確認。


橋塔に登らなかったとか、トロヤ城に行けなかったとか色々ないわけでもないが…絵もタダで観れたし、デジカメもあったし、ご飯は美味いし…今日も感謝♪で就寝したのであった。

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